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日別アーカイブ: 2026年1月13日

第32回看板製作雑学講座

皆さんこんにちは!

株式会社ハリケーンマスター、更新担当の中西です。

 

 

~ペンキ看板とネオンの時代🧱⚙️~

 

明治以降、日本の町は一気に姿を変えます。鉄道が伸び、都市が拡大し、人の流れが加速する。すると看板もまた、手仕事中心の世界から「産業」としての製作へ進化していきました🚃🏙️
看板製作業は、建築・印刷・電気・ガラス・金属とつながりながら、職能の幅を広げていきます。ここが歴史の中でも大きな転換点です🔥

1)明治の街に必要だったのは「読める情報」📰👓

教育が広がり、文字が読める人が増えると、看板は“シンボル”から“情報”へ比重が移ります。店名、商品名、価格、宣伝文句…。伝えたい情報が増え、看板はより機能的になっていきました📣✨
その一方で、競争も激化。駅前、繁華街、目抜き通り。人が集まる場所ほど看板が密集し、「どう目立つか」がテーマになっていきます👀🔥

2)ペンキ看板・ホーロー看板の広がり🖌️🔩

この時代を語るなら、ペンキ手描き看板は外せません。
板金や木板に下地を作り、職人が刷毛や筆で描く。文字のバランス、色の乗り、光の当たり方。全部が経験と勘で決まる世界です🎨✨
手描きには“揺らぎ”があり、それが味になる。まっすぐな線でも、わずかな筆運びで温度が出る。現代のデジタルにはない魅力が、ここにあります😊

さらに普及したのがホーロー看板。金属板にガラス質の釉薬を焼き付けて作るため、耐久性が高く、屋外でも色褪せしにくい。飲料や薬、日用品の広告に大量に使われ、地方の町にも看板文化が浸透していきました🧴🥤
この頃から看板製作は「一点もの」だけでなく、「量産」や「流通」と結びつき、工場・印刷所・職人が連携する構造が生まれていきます🏭🤝

3)昭和の都市と「光の看板」💡🌃

昭和に入り、特に戦後復興と高度経済成長の時代には、都市の夜が明るくなります。電気が当たり前になり、看板は“光で目立つ”方向へ一気に進みました⚡️
そこで象徴的なのが、ネオンサインです🌈✨

ネオンはガラス管を熱で曲げ、内部にガスを封入し、高電圧で発光させる技術。ここには、ガラス職人の手仕事と電気技術が融合しています。

  • ガラスを割らずに曲げる

  • 文字の形に美しく整える

  • 発色を狙い通りに作る

  • 施工後の安全性と耐久性を確保する

この工程は難しく、だからこそネオンは“職人芸の花形”でした。繁華街のネオンは、街の景色を作り、観光や娯楽の象徴にもなっていきます🌃🎶

4)看板は「都市の表情」になる😊🏙️

昭和の看板が面白いのは、町の成長とともに看板が“都市の顔”になったことです。巨大な屋上広告、ビル壁面のサイン、駅前の袖看板。
看板は店のためだけでなく、都市のランドマークとして機能し始めました📍✨
「待ち合わせはあの看板の下で」なんて文化が生まれるのもこの時代。看板は人の行動を導き、記憶の目印になっていきます👫💭

看板製作業はこの時代、木工・塗装・板金・ガラス・電気・施工の総合職へと変化しました。作るだけでなく、取り付け、保守、街の安全まで担う仕事へ拡張していく。